いきしちみ

年齢確認

このサイトは18歳以上の方のみご利用いただけます。

あなたは18歳以上ですか?

1-11.生真面目孤立女の弱みを探ろう

あれから一週間が経った。俺はまだ十和田さんに接触していない。彼女の人柄を知らない状態で近づくと余計に嫌われる可能性が高いからだ。陰キャには親しくない女と話すのなんて難しいだろうと言ったやつは口を閉じてくれ。
不甲斐ない俺の代わりに動いてくれているのが命さんだ。彼女は俺には到底真似出来ないような手腕で十和田さんに近づいていった。

一週間前の十和田さんと命さんの会話がこうだ。

「ちょっとあなた!ペットボトルは燃えるゴミと一緒に出さないでください!ちゃんと収集日の前日にそこのネットに入れて下さい!」

「あら、ごめんなさい。私あまり物覚えがよく無くて……次から気を付けますね」

「忘れやすいなら紙に書くなり家の中に貼って置くなりして下さい。次同じことをしてたら退去してもらいますからね」

次にこれが三日前の様子。

「弘前さん!自転車は入り口に置かないでくださいよ!買い物が多くてもちゃんと自転車置き場まで行ってください」

「そうだったわね、ごめんなさい十和田さん。でも十和田さんがいつも助けてくれるから私とても助かってるわ、ありがとう」

「た、助けてるわけじゃないですよ!ただちゃんとルールを守って欲しいだけで……。ほらっ、私も荷物持ちますから早く自転車戻しましょう」

――そして昨日の会話がこれだ。

「命さん、蛇口の取り換えが終わりましたよ。これで水漏れも止まるはずです」

「本当?ありがとう八重ちゃん、流石管理人さんね。すっごく困ってたからとっても助かっちゃった。今度ご飯でもお礼させてね」

「いいんですよ。下手に弄られるより素直に頼ってもらえた方がずっと楽ですから。また何かあったら私に言ってくださいね」

人の懐に入るのが早すぎませんか命サン?遠くから見ていた俺にはうまい具合に心の隙間に付け込んでいくナンパ師とそれにあっさり乗せられるチョロい女にしか見えなかった。最初に会ったときはどことなく影があったからてっきり陰の者かと思っていた命さんは実は陽キャだったようだ。恐ろしいことに彼女はたった一週間で十和田八重の心にするりと潜り込んでいた。

「ああいう子はね、自分で仕切るが好きなのよ。学級委員長をやってたタイプね」

肌に汗を滲ませたまま命は悪い笑みを浮かべる。彼女の分析いわく、十和田八重は能力が優秀なばかりに他人が効率悪く作業するのが耐えられないタチのようだ。出来ない人の代わりに仕事をしているのに見下した態度で接するから周りからは煙たがられるタイプとのこと。

「迷惑なお節介焼き、身近にいたらウザいタイプね」

「そんなバッサリと切らなくても」

笑顔で毒を吐く命さんにこちらの顔は引きつるばかりだ。

「手伝って喜ばれた経験がないから助けられて喜ぶ相手にはめっぽう弱いわよ彼女。自分より立場が上の相手なら猶更ね」

だから年上の私に褒められただけであんなにすぐ心を許したのよ、と絶賛その弱みに付け込んでいる悪女は解説を結んだ。
なるほど、驚くほど論理的な考察だ。つい一週間前まであまり親交がなかったのにここまで分析できるのは不思議だが。

「似たような人が前にいたんですか?」

「いいえ?でもあんな分かりやすい子、ちょっと自尊心を擽ってあげれば簡単に言いなりに出来るわよ♡」

パチリとウィンクした命は罪悪感の欠片もない顔でそう言った。
以前なら思っても口には出さなかったであろう悪辣な言葉がいまの命からはポンポン溢れている。これも彼女の悪成長の成果だ。
自分を解放する心地よさをしった弘前命は己の内にある感情を制御するリミッターをなくしてしまった。そんな彼女の心は俺によって悪意の芽を植え付けられたことで非道な行いで快感を覚えるように変貌していくのだ。彼女の今後がとても楽しみである。

「今日は八重ちゃんとランチに行くから調べもの・・・・をするならチャンスだと思うわ」

そう言って命は余所行きの服で出かけて行った。彼女が戻るまでは十和田さんもマンション内にいない。つまり、管理人室に忍び込むには絶好のチャンスなのだ。
部屋を出て一階に降りる。辺りを見ても誰もいない。耳を澄ませても足音一つ聞こえてこない。

(近くに人はいないな)

管理人室の前に着いた俺はポケットから鍵を取り出す。緊急時のために十和田さんが命へ渡したものだ。信頼のあかしともいえるそれは俺の手に渡ってしまっていた。

(詐欺師に騙されるんじゃないかあの人……)

十和田さんのあまりのチョロさに他人事ながら少し心配になってしまう。もし堕とせたならちゃんと躾けてやらないとな。
鍵を捻ると扉はあっさり開いた。左右をもう一度見て人目がないことを確認した俺はそっと管理人室に潜り込んだ。

壁のスイッチを押して明かりを付ける。部屋の中は綺麗に整理された書類でいっぱいだ。

「さて、お目当てのものはあるのかね」

見つけたいのは彼女の弱みだ。彼女との相性はあまり良くないと俺は肌で感じている。愛想がない上に礼儀正しくもない男を彼女は好ましく思わないからだ。何の工夫もせずに近づくのは難しい。
だから俺は彼女の弱みを握って脅す。「秘密をバラされたくなかったらセックスさせろ」と言って無理矢理にでも関係を持つ。そのあと肉体関係をとっかかりにして攻略を進めていくのが今回俺が考えたプランだ。
なし崩しに関係を持ち続ければ嫌でも二人の仲は深まっていくものだ。たとえそれがマイナス方向だとしても快楽は好感度のプラスマイナスをひっくり返すことができる。無関心よりはよっぽど良いスタートになること間違いない。

そのためにもまず俺は十和田八重の弱みを見つけなくてはならない。だから必死になって探しているのだが――

「くそっ、見当たらないな。こんなに整頓されているのに肝心のものがどこにもない」

あんなに管理人室に入り浸っている彼女の事だ、少なからず私物を置いていると思ったのだが……
手あたり次第に部屋の中を物色しているとスマホにメッセージが届く。命からだ。

【今マンションに戻っているわ。あと数分で着くからそれまでに撤収してね】

(なっ、早すぎるだろ!)

焦りながら時計を見るともう一時間も経っていた。あまりにも成果がなくて時間間隔がマヒしていたようだ。

(仕方がない、今日のところは引き上げるか)

諦めてドアを開けようとすると部屋の外からがやがやとした声が聞こえてきた。どうやらマンションに住む奥様方がエントランスで井戸端会議をし始めたようだ。

(やばっ!)

咄嗟に部屋の明かりを消す。ドア窓から中に誰かいることがバレかねない。少し迂闊な行動だったが幸いにも外の奥様方には気づかれなかったようだ。良かったと胸をなでおろすも状況は未だ危険なまま変わりない。

(彼女たちがいる間はここから出られないな……もうすぐ二人が帰ってくるのにどうしよう。とりあえず命さんに連絡して帰る時間を遅らせてもらうか)

スマホを取り出してメッセージを送ろうとしていると突然大きな怒声が辺りに響き渡った。

「あなたたち!!入り口にたむろしてペチャクチャ喋らないでください!出入りする人の邪魔になるでしょう!!」

びくっと身体がすくんでしまうほどの勢いで放たれた正論に俺は誰が怒っているのか瞬時に理解した。

(まずい!二人が帰って来たのか!ぐっ、もう部屋からは出れれない!)

俺はきょろきょろと部屋の中を見渡し、急いで奥にあるソファの陰に身を潜めた。

「全く、低能な人ばっかりなんだから。それじゃあ命さん、今日はランチ楽しかったです。また行きましょうね」

数秒もしないうちにガチャリと扉が開かれ命と別れた十和田さんが管理人室に入ってきた。こうなってしまったら彼女が出ていくまで俺もここから抜け出すことはできない。
口元に手を当てて息を殺す。音を立てないように気を付けながらスマホの電源を切った。こういう時に限って電話がかかってくるのが映画やアニメのお約束だからな。

静かにゆっくりと呼吸を続け気配を散らす。いまの俺は無機物だ、整頓されたこの部屋にあるオブジェの一つに過ぎないと自分に言い聞かせて人間味を消す。

「はぁ~、楽しかった。他の人も命さんみたいに素直ならいいのに。なんで頭が悪い癖に自分が正しいと思い込んで余計なことばかりするんだか」

住人への文句をいいながら十和田さんはどすんとソファに座る。どきりと跳ねあがる心臓を無理やり押さえつけて音を鎮める。頼むっ、彼女にバレないでくれ……っ!

「ん?なんか書類の位置が変わってるような……まさか泥棒でも入ったんじゃ……」

俺の願いもむなしく勘のいい十和田さんは立ち上がると部屋に異変がないか調べ始めた。
このままじゃバレる!諦めが頭をよぎったその時……

プルルルル、プルルルル――

管理室に備え付けられた電話が鳴った。

「ちっ」

相手を確認もせず舌打ちをする十和田さん。出なくても誰がかけて来たのか分かるようだ。

「もしもし?母さん?」

不機嫌な声色を隠さないまま受話器を取る。どうやら母親からの電話のようだ。
しばらく嫌そうに相槌を打っていた彼女だが急に大きくため息をつくと受話器をテーブルに置いてソファにドカリと座り込んだ。

『……あなたはそんなでも十和田の長女なんですからね。そのみすぼらしいマンションで私達に恥をかかせないように静かに過ごしなさい』

「私をこんな所に押し込めたのはあんたでしょ!!」

燃え盛るような激情を孕んだ怒声が受話器に叩き付けられる。普段住人に向けられている苛立ちとは桁違いの尖った憎悪だ。
かすかに聞こえる母親の台詞からも彼女たちの関係が良好ではないのはわかった。いったい何があってここまで二人の仲はこじれたんだ……?

「あんたさえ余計な事をしなければ私が次期当主になってたのに……息子可愛さに暴走したクソババアがっ!」

『私に付け入る隙を見せたのはあなたのほうでしょうに。写真を撮ったのがうちの者だから良かったものの、あれが他所に流れでもしていたらどの道あなたは終わりだったわよ』

「くっ……!」

威勢よく罵声を浴びせていた十和田さんは母親の言葉を詰まらせる。
付け入る隙?無理やり押し込めた?彼女は望んでマンションの管理人をやっているわけではないのか。どうりでいつもあんなにピリピリしているわけだ。
十和田さんがなぜあんなに住人に強くあたるかの理由がわかったが、それよりも今の会話にはとても重要な情報が含まれている。
付け入る隙のせいで無理矢理言うことを聞かせられている、ということはつまり十和田さんには弱みがあるということだ。望まぬ生活を強いられても従わざるを得ないほどの弱みが。

(欲しいっ……!なんとしてでもその秘密を知りたいっ!)

いまだに持ち出されたら言葉も出なくなるほどの秘密、これが使えれば彼女と一回抱くくらいことぐらいは容易いはず。
この秘密はどんな手段を使っても手に入れなければならない……!
ガチャン!っと音を立てて受話器が叩きつけられる。

「クソッ!あの女……いつまで私を縛り付けるのよ……あんな女にさえ見つからなければ……!!」

がしがしと頭を掻く十和田さん。その声には溢れんばかりの怒りと後悔が含まれていた。
彼女はぐるぐると部屋の中を歩き回りながら母親への呪詛を吐き続けている。

「あ゙あ゙あ゙っ!!イライラする!!アレ・・、久々にやっちゃおうかしら……」

最後の言葉には何かを楽しみにするような明るい色がほんの少しだけ含まれていた。それは先ほどまでの鬱屈とした負の感情ではなくワクワクするような正の感情の放出だ。
アレ?なんのことだ。彼女の秘密に関係あるのだろうか。

「……駄目よ。あの時もそうやって衝動的に動いたせいでバレたんだから……」

一瞬なにかがわかりそうだったのにすぐに抑え込んだ十和田さん。大きく呼吸を繰り返してなんとか怒りを収めようと必死だ。

「ふぅ……落ち着きなさい私。もうしないって決めたんだから、散歩でもして気分を紛らわせましょ」

そう言い終えると部屋の扉を開けて彼女は出ていった。

「なるほど、秘密を暴く鍵はストレスか」

口が三日月に裂ける。さっきの話から察するに彼女のストレス解消法こそが母親に握られた弱みなのだろう

「だったらまたやらかしてもらわないとな……」

俺がやることは決まった。
過去の過ちを再び犯してもらうためにたっぷりとイライラさせてやる。

『ヒロインの情報が解放されました』

十和田とわだ 八重やえ
年齢:24歳
生年月日:10月8日
配偶者:なし
子供:なし

・プロフィール
十和田家の長女。裕福な家庭に生まれた彼女は幼少期から二つ年上の兄と次期当主をかけて競わされ続けてきた。
中学、高校、大学と兄よりも良い結果を出して来た彼女だったが、母親の一声によって兄に次期当主の座を奪われる。
八重の性格ならば不当に自分の未来を奪ったこの結論に激しく激昂するかと思われたが、意外にも彼女はこれを粛々と受け入れ母親の勧めでこの十和田マンションの管理人になった。
学歴に自信がありプライドの高い八重が何故マンションの管理人なんかを大人しくやり続けているか知っている人は誰もいない。
噂によると絶対にバレたくない”ある秘密”を母親に握られているらしいが……

Xで共有

年齢確認

このサイトは18歳以上の方のみご利用いただけます。

あなたは18歳以上ですか?