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改めて十和田マンションの詳細情報を見てみる。
『十和田マンション』
制圧必要人数:3人
攻略中ヒロイン:弘前命(2/3)
※第二陥落以上で攻略済みとなります。
攻略ボーナス:『未公開情報』
制圧後獲得スキル:『未公開情報』
「命さんの進行度が3分の2になってるな。これは第二陥落まで行ったことを表してるんだよな?」
『はい、その通りです。わかりづらいでしょうか?』
「あぁ、ちょっとな」
昨今のゲームUIではあまり見ない表記だ。率直に言うと美しくない。もっと精錬されたUIだと嬉しいんだけどな。
「もうちょっと見やすくできるか?」
ダメもとで頼んでみるとアプリ画面に一瞬ざざっとノイズが走った。
『これでいかがでしょうか?』
その言葉に再度詳細情報を見てみる。すると驚いたことに表記が変わっていた。
制圧必要人数:残り2人
所属ヒロイン:弘前命 ■■□
*第二陥落以上で攻略済みとなります。
「お、おお。見やすくなったよ。ありがとう」
おいおい、サポートAIなのにゲームUIに干渉できるのか?お前がやったことに俺は内心ビビってるぞ。機嫌を損ねたら画面を真っ白にされないだろうか。フォーのことを思っていたより慎重に扱う必要があることに気づいた俺の背中をぞぞっと寒気が走った。
そ、それはそうと彼女にある程度の権限があるならもう少しゲームの仕様について改善をお願いしてみるかな。どうしても気になっているポイントがまだ残ってるんだ。
「なぁフォー、もう一つ手を加えて欲しいところがあるんだが聞いてもらえるか?」
『実現できるかわかりませんがお聞かせください』
「拠点制圧に必要な人数を変えて欲しいんだ」
チュートリアルを読んだ時から思っていたことを告げるとフォーの声が硬くなった。
『それは必要な人数を減らせというご依頼でしょうか?拠点制圧の条件を緩和することは許容できません』
まずい、気に障ったか?ゲームの難易度を下げろって意味じゃないんだが。
「いや、拠点の攻略を簡単にしろって言ってるわけじゃないぞ。クリア条件を人数じゃない値にして欲しいって意味だ」
『……?申し訳ございません。仰っている意味がよくわかりません。具体的なご説明を頂けますか?』
さすがに曖昧すぎたか。割と説明が難しいんだが……さて、なんて言えば伝わるかな。どう例えるか考えていると部屋の隅に転がっていたとあるパッケージが俺の目に入ってきた。そうだな、これならわかりやすいか。
「じゃあこのゲームで例えてみようか」
ゲームのパッケージをスマホのカメラに向けながらフォーに告げる。
「これはいわゆる一人称視点のシューティングゲームだ。ゲームセンターなんかに置いてある銃を使って敵を倒すやつの家庭版って思ってくれればいい」
『それなら私も知っています。画面に出てくるエネミーを射撃してポイントを競う、といったルールでしたか』
「そう、その通りだ」
うじゃうじゃと湧いてくるエネミーを撃ちながらゲームを進んでいき、ラスボスを倒した時点で何ポイント稼いだかによって世界ランキングが決まるゲーセンで遊べる名作ゲームだ。もっとも俺には友達なんて一人もいないので家庭移植版しかプレイしたことがないけれど……
「じゃあフォーに質問その1だ、ゲームを進める時のポイントはどうやって稼ぐと思う?」
『それは……エネミーを倒す、ですか?それ以外にないと思うのですが』
「正解だ。敵を倒した分だけポイントがゲットできる、いたってシンプルな仕組みだな。じゃあ質問その2、どうやったらポイントをより多く稼げると思う?」
今度は返答までに時間をかけているフォー。さっきよりも深く考えているようだ。
『……ポイントの効率的な稼ぎ方は状況によるものだと思います。モブエネミーを壊滅させた方が良い場面もあれば大型エネミーを集中的に倒した方が良い場面もあると思うので』
「そうだな、ゲームプレイの中で最適な方法は変わってくる。だけどそれはエネミーによって獲得できるポイントが違うからなんだ」
俺の指摘にフォーは怪訝そうな顔を浮かべた。
『それは当然ではありませんか?撃破に時間がかかる敵と銃弾一発で倒せる敵のポイントが同じでは前者を狙う意味が……っ!そういうことですか』
さすがにここまで言えばわかるか。そう、全く持ってフォーの言う通りだ。倒した時に得られるポイントが強い敵と弱い敵で同じだったら強い敵を倒すメリットはない。
じゃあ実際のゲームでなぜ強い敵を狙うことに意味があるかというと『弱い敵よりも獲得ポイントが大きい』からだ。
1分で雑魚エネミー30匹を倒して30ポイントと、同じ時間で中ボス1体を討伐して50ポイントだったら後者の方がスコアが大きくなる。数ある選択肢のメリット・デメリットを比較することで試行錯誤する面白さは生まれる。
しかし全てのエネミーが同じ1ポイントならゲームプレイは酷く単純なものに落ちる、簡単に倒せる雑魚エネミーを狩るだけのつまらない作業と化すのだ。
そんなゲームが面白くないことはフォーにでもわかる。しかし今のVDはそうなってしまっているのだ。
『つまりマスターはこう言いたいのですね。攻略できるヒロインが全員同じ1ポイントなのはおかしいと』
「そういうことだ」
十和田マンションを制圧するためにはとにかく3人のヒロインを第二陥落させれば良い。じゃあどうやって効率的に進めるか、そう思考を回すと出てくるのが以前考えたプラン2『手あたり次第に手を出して簡単に堕とせるヒロインを探す』だ。
いまからこちらに移行しても良いっちゃいいんだけど正直なところ俺はあんまりやりたくない。簡単に堕とせる催眠と同じように女を堕とすことが作業になってしまいそうだからだ。
だから俺はヒロイン攻略にもっと戦略性が欲しい。
「どうかな?こっちの方が面白いと思うんだけど」
『はい、私としてもこの修正案は面白いものだと思います。しかしどうしてマスターはこのような提案をされたのですか?』
「え?どうしてって?」
『いま仰ったようにゲームバランスが調整されてしまったら、これからは簡単に堕とせるヒロインだけでは拠点制圧出来なくなってしまいますよ?』
「……?」
単純すぎる質問に思考がフリーズする。なに言ってるんだ?だって――
「なにも考えずにクリアできるゲームなんてつまらないだろ?せっかくゲームをやるんだから頭を悩ませて対策を練りたいじゃないか!」
俺がゲームをやってて一番楽しいのはいまの自分じゃ超えられない壁が出てきた時だ。
低レベルの雑魚を狩っても全然楽しくない。クソムズいボスにイライラしてコントローラーをぶん投げながら六時間格闘している間こそが至福の時なんだ。
……自分で言っておいてアレなんだが死にゲーのやりすぎで脳みそがだいぶマゾくなってんな。後悔は1ミリもないけど。
「だからもっとこのゲームにやりがい達成感をくれっ!!遊び甲斐を、絶頂を感じさせてくれっ!!!」
『……承知しました。運営本部に提案をいたしますので少々お待ちください』
フォーがそう言うと画面に「Please Wait……」という文字と共にローディング画面が表示された。
言ってみるもんだな、正直すげなく断られると思っていた。俺が言った内容はUIのような見た目だけの話ではなくゲームシステムの根幹に関わる部分の改善案だ。普通ならいちユーザーの提案など採用しないだろう。
それなのに彼女は少なくとも考慮するに値するアイデアであることを認め、ゲームに反映させるかの確認まで行ってくれている。耳を傾けてくれてありがたい気持ちもあれば俺の嗜好が知られて恥ずかしい気持ちもある。
(また何かあったらフォーに相談してみるか)
『お待たせしました。さきほど頂いたご提案について決議が出ました』
「は、早くないか?もう検討は終わったのか?」
『はい、マスターの要望はVDの運営方針に沿うものであると判断されました。したがってただいまより人数に変わる値として拠点攻略指標【エゴピース】が導入されます』
再び画面にノイズが走る、今度は先ほどよりも時間が長い。1分ほど経過して画面がもとに戻るとそこには新たな拠点詳細画面が表示されていた。
『十和田マンション』
【エゴピース】
・所有数:10EP
・制圧必要数:30EP
【所属ヒロイン】
・弘前命 ■■□
・攻略ボーナス:『未公開情報』
・制圧報酬スキル:『未公開情報』
「おぉ……!」
表記はがらりと変わり拠点を制圧するのに必要な条件がエゴピースというものに変更されていた。
「フォー、このEPっていうのはなんなんだ?」
『こちらの説明文をご覧ください』
彼女がそう言うと新しいウィンドウが表示された。
【崩我結晶について】
エゴピース、通称EP。ヒロインの陥落度を進めると取得できるリソース。
堕ちるということ、それはつまり元々の自分のカタチを変えられるということ。削り取られた自我の破片は堕落の蜜と混じり合い結晶と化した。
「なるほど……」
凝った設定があるようだがフレーバーテキストは一旦無視しよう。EPとはヒロインを陥落させるともらえるポイントのようだ。これを貯めることで拠点の制圧を行うことができるようになったってことか。
「ヒロイン一人の攻略でもらえるEPが拠点制圧に使うのと比べて多いな。制圧後はなにか別の用途に使えるのか?」
『はい、制圧後の拠点を改造する際にEPをご利用頂けます。拠点改造につきましては制圧後にご説明させていただきます』
「おおっ!それはいいな!」
改造!なんてロマンあふれる単語だ。外見や内装を変えることが出来るのだろうか、今からワクワクしてしまうぞ。
「EPは第二陥落までしないともらえないのか?」
『はい、その通りです。ただし拠点制圧後は第一陥落でも少量ですがEPが獲得できるようになります』
「クリア後は条件が緩和されるってことね、了解了解」
拠点制圧はメインコンテンツだから創意工夫して一人一人堕とせってことだろう。
反対に制圧後は拠点改造のために小狡い手を使って第一陥落を量産しても問題なしと言っているのだ。
拠点制圧までは正攻法で挑め、制圧後は効率プレイも許すというのが運営の新たな方針らしい。
(いいねいいね!遊び甲斐があるぞこれはっ!十和田マンションを制圧してもやることはいっぱいだな)
妄想が湯水のように脳内に溢れ出す。新しいゲームを始めた時のワクワクとした高揚感が胸を弾ませる。広大なフィールドを見せられて「ここから見える所全てに行けますよ」と言われたかのような解放感。膨大なスキルツリーを見て「どういうビルドにしようか」と思考を巡らす可能性への探究心。
これこそがゲームの醍醐味、未知の荒野を行く冒険感だ。
「フォー、俺の意見を聞いてくれてありがとう。すっごく面白そうで早く攻略を進めたいよ」
『いいえ、私の方こそマスターに感謝を。既存の枠組みに留まらず更なる果てを目指す、あなたは理想的なVDプレイヤーです。その姿勢を評価して1FPを進呈いたします』
「1FP?FPってなんだ?」
『FPとは【フォーポイント】 つまりは私の好感度です。このゲームで最も価値のあるポイントですよ』
「……」
『……』
「『ふっ、ふふっ、ふふふふふ』ははははは!」
軽快な会話に思わず腹をかかえて笑ってしまった。同じように笑い声を上げるフォーと声が重なって部屋に響き渡る。
本当にユニークなAIだなフォーは。ここまでの人間味がどうやって生まれたのか知りたいもんだ。
まだ一時間程度の付き合いだけど彼女の趣向がなんとなくわかった気がする。
拠点制圧を簡単にすることへの拒絶、ゲームシステムを改善する姿勢への好印象、つまるところフォーは自分が運営するゲームで悩み苦しみそれでも楽しむプレイヤーの姿を見たいのだ。
初見の強敵に膝を折って苦しんで欲しい。見事それらを打ち破って栄光を手にして欲しい。あなただけの冒険譚を綴って欲しい。それを私に見せて欲しい!
既にゲームをクリアした熟練者が今からゲームを始める初心者を見守るような気分なのだろうか。あれは愉悦だよな、俺も一回のミスでスタート地点に戻されて発狂する実況動画を一時期狂ったように見てたよ。
フォーが俺のプレイを楽しみにしているとしても彼女の期待に応えるためにプレイスタイルを変える気はこれっぽっちもない。
彼女はあくまでサポート役であってゲームを進めるのはプレイヤーであるこの俺だ。俺は自分のやりたいようにやるだけだ。
「さてフォー、十和田マンションの攻略チャートを一緒に考えよう。と言っても制圧に必要な基準がEPに変わったことで誰を攻略するかは決まったんだけどな」
『なるほど、では是非私にお聞かせください。いったい誰を次のターゲットにするんですか?』
わかってる癖に、あえて聞いてくるんだなお前は。だったら教えてやろう!
彼女のの期待に応えて俺は高らかに宣言する。
「二人目のヒロインはこの十和田マンションの管理人、十和田八重だ」
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